アメリカ旅行記終了とともに新たに始まった暦にまつわる菅田コラム!
今回は第3弾です。
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ほんとに秋かよ!?と空にツッコミを入れたくなるような九月でしたねぇ。
こんだけ訳の分からない陽気だと体調管理も、なかなかどうしてな感じ…。
さて、10月。
この時期は体育祭を思い出します。
「どうせ運動音痴なんでしょ?…クスクス」と言われそうですが、意外にそうでもないです。
長距離はからっきしダメなんですが、短距離は割とイケます。
まぁ割となんで成績でいうと、中の上、良くて上の下といったところ。
しかも直線一本やりで、カーブになると途端にスピードが落ちる、という欠点がございました。
チョロQか!という…。
まぁ要するにさほど目立った活躍をするタイプの人間ではなかった、と。
しかしアレですよね、足がめちゃくちゃ早い男子って、なんであんなにカッコ良いのでしょうか?
中3の時のクラスメイトに矢島君という人がいた。
身長は僕とさほど変わらず、結構小柄だったんですが日本人らしからぬ顔つきのシュッとした男前で、この人がやたらと足が速かった。
いまだに覚えてる、体育祭の花形競技と言って差し支えないだろう100メートル走を1位で駆け抜け、砂煙の舞う中カズダンス(懐!)を踊るキラキラした彼の姿を…。
女の子は「キャー!!」野郎どもは「うぉーーっ!!」
運動能力が高い、というのは人間の本能的などこかを刺激するのでしょうね。
思春期ってのは、悩みと自己嫌悪が服着て歩いてるような時期なわけで、運動神経は大したことなく、勉強もできる訳じゃない、ルックスは…語るまでもなく、しかも残念な低身長という僕は劣等感コンプレックスのかたまりでした。
取り柄という取り柄が何にもないのが怖くて不安で、自分の殻に閉じこもってしまった。
しかもそれまで受けたことのないイジメまで始まってしまい、自己嫌悪は徹底的に加速していった。
学年が上がって、クラス替えしてからイジメはなくなったけど、あの頃を思い出すと今でもちょっと胸が痛くなる。
心に受けた傷ってそう簡単に癒えるもんじゃない。イジメ、絶対よくないです。
音楽をするようになってから、嫌でしかたなかったコンプレックス達と少しずつだけど向き合えるようになった。
僕にはこれがあるから、と言えるものが出来たことでちょっとだけ余裕が出来たんだと思う。
とても時間はかかったけど、考え方も徐々にポシティブな方向に向かっていった。
運動できなくたっていいじゃないか、仕事するだけのスタミナは持ってる。
勉強ができる人よりも「賢い人」の方が重宝がられることも分かってきた。僕はそうなりたい。
顔かたちの美しい人よりも、心が美しい人の方がよっぽど魅力的だと思える。僕もそうありたい。
背が小さくたっていい、おかげで僕のことみんなにすぐ覚えてもらえる。
一見マイナスに思える要素も、考え方次第でプラスに転ずることができる。
それには自分の持つもの全てを「立派な個性」として、まるごと認めてあげることが鍵なのではないだろうか。
世界中どこを探しても、「自分」は自分一人しかいない。それは大変愛おしく、そして尊いものだと思うのだ。
とは言えいまだにすごく悩みます。これからもずっとそうだと思う。
自分には才能があるのだろうか…とか、上手な人いっぱいいるけど、自分は大丈夫だろうか…とかね。
確かに僕は天才ではないかもしれない。でも努力することはできる。ならば「努力の天才」になればいい。
発想の転換の仕方を覚えたら、ちょっとは楽に生きられるのかもな、と思ったりしています。


